ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

電話相談後の徒労感

私、過去に何度も死のうとしたことがある。

なんなら今現時点でも、死にたい気持ちでいっぱいな出来事がわんさかある。

 

無料の電話相談は毎日していた。

一つ一つ、説明していくたびにイライラしてくる。

ここまで話して、まだわかんないのかよと。

「はあ、そうなんですね」

何これ。馬鹿にしてんの。

少なくとも人の痛みがわかる人が相談員なのかと思うよね。

ここまで言って、これほど曝け出して、まだわかんない?

 

私の育毛プロジェクト③ (ヘッドスパ編)

久しぶりの育毛プロジェクト投稿。

 

youtube美髪堂を見ながら自分でマッサージしたりクレンジングシャンプーをしていたが、

頭皮の凝りを根本からほぐし、毛穴の汚れをしっかり落とすにはやはりプロに頼りたいと思うようになった。

 

働いていた時の蓄えも少しはあるので、自分を癒すことにもお金を使おうと思い、ヘッドスパ専門店に行くことにした。

 

ネットで調べてみて、価格は超高いが評判の良いワヤンプリさんに決めた。

90分で1万4000円。

決して安くはないが、どうせ行くならとことん良い施術をしてもらえるところがいい。

 

ネットで予約をすると前日に確認の電話が来て、当日を迎えた。

 

明るい部屋で頭皮の状態を見てみると、頭頂部のきめがなくなっているのと毛穴の汚れが確認できた。

毛穴の徹底クレンジングと頭皮しっかりほぐしがメインのコースを勧められたので、それでお願いして施術の部屋に案内された。

 

完全個室で落ち着いた清潔感のある内装。間接照明なのがいい。

90分の工程で、クレンジングしたりマッサージしながら、しっかり頭をほぐしてもらった。

頭が凝っていたためやや痛く感じたが心地よく過ごすことができた。

 

90分もやってもらうと満足感があったし、頭が軽くなった。

マイクロスコープで再度見てみると頭皮の状態がかなり良くなっていた。

 

次第に話は次回以降の予約のことに。

来る前から何回か通ってみようかと思っていたこともあり、6回コースを申し込んだ。

 

10万ほどしたが、退職金が同じくらいの金額出たので、それを使うことにした。

とにかく髪の薄いのを治したくて藁をもすがる思いだった。

 

翌朝、髪が見たこともないくらいしっかり立ち上がっているのに驚いた。

購入した髪用化粧水と育毛ローションで、家でもマッサージにせっせと取り組む。

また、首と肩の凝り解消のための体操も欠かさなかった。

 

 

さて、それから3週間ごとに予約してワヤンプリさんに通った。

毎回丁寧によく施術してもらったので、状態は良くなっていった。

2回目以降は痛みは感じず眠ってしまうほどの心地よさ。

人の手で丁寧に施術してもらえるのは本当に癒される。

 

で、コースの最終回の日が訪れた。

これからどうするか。

 

1年くらいは続けようかとも考えたが、結局継続はしないことにした。

 

一番の理由は、お金がかかりすぎるからだ。

 

私が自由に使えるお金には限界があり、

ヘッドスパに重きを置くのはバランスがおかしいと思ったのだ。

 

なので、今後は自分でマッサージを頑張り、

1年に1回くらいご褒美でプロの施術をお願いしてみようと思う。

 

結局は毎日のセルフケアが最も大切なのだ。

しかも結果が出るまで年単位で時間がかかる。

 

育毛剤に関しては、どうにも香りがあまり好きではないので、冬の乾燥する時期だけでいいやとも思う。

嫌な匂いではないけれど、あの「育毛してます」って感じの匂いがどうも。。

 

というわけで、

今はサボンのヘッドスクラブをたまに使い、

毎日朝晩のマッサージケアをしていく、ということに落ち着いている。

 

 

不安障害との闘い②

周囲の人の気分が悪いと、自分のメンタルが揺さぶられてしまう。

 

たとえば夫でも、自分「の子どもでも、かつてのママ友でも地域の知人でも、

身近な人と一緒にいるときにその人が何かでイライラしていたり、気持ちが塞いでいたりすると、

私の気持ちは非常に不安定になり、不安感が強くなってしまう。

 

以前は何でも原因を自分に引きつけて考えてしまう癖があり、自分のせいだと考えてしまっていた。

カウンセリングや、その他さまざまな気づきから、相手の心の中と自分の言動とを分けて捉えることができるようにはなった。

 

だがしかし、今では自分のせいではないとわかっているのにも関わらず、周囲の気分に自分のメンタルを揺さぶられてしまうことは解消できないでいる。

 

まるで自分の生死を分けるカギが、相手の気分に委ねられているかのよう。

本当に死んでしまうことはないとわかっていても、苦しさの度合いというか種類が同じような感じで、動悸がするし挙動がおかしくなってしまう。

そして、理由もわからず悲しい気持ちでいっぱいになってしまう。

 

今かかっている病院の先生は、私の状態をわかってくれて、私が言語化できない部分を言葉で補うように尋ねながら確認してくれた。

 

病院の先生に話をよく話を聞いてもらうと、わかってもらえたような気がした。

だけどそれで症状がなくなるわけではなく、わかってもらえる安心感は長くは続かない。

投薬による治療は要するに、ただとにかく「考えさせない」ためのものだろう。

不安なことを考えずに放置して、訴えたいことがたくさんあるのに黙らされているような気がして薬は気が進まなかった。

 

酒を飲むと気分が良くなり、悲しい気持ちもどこかへ行き、楽になるので、

しばしば酒浸りになった。

酔いが覚めると疲労感と共に厭な感情が蘇ってしまうので、アルコールが切れないように断続的に一日中ダラダラと飲む。

強い酒であるほど気分が良くなるので、ストロングゼロは定番だった。

ウイスキーホワイトリカーを割らずにそのまま飲んだりした。ワイン1瓶なんて普通に空けてしまう。

気を失うギリギリのところまで飲んで、目の前がぐるぐる回って愉快な気分で、気を失うように倒れて眠りに落ちる。起きて酔いが覚めていたらまた飲み始める。

本当に、よく命を落とさなかったものだというくらい飲んだ。

 

仕事をしていなかった時はお金を酒に溶かして夫によく怒られた。仕事をしていた最近までは、自分で働いて得たお金だからと堂々と酒を買えた。帰り道、歩きながらストゼロを飲んだ。

 

不安症がひどくて辛い時はいつでもすぐに、お酒に手が伸びた。

 

私の不安障害を確実に和らげ、とことんまで付き合ってくれるのは、お酒だけだった。

 

ストレスになることが毎日多すぎる。

厭なことばかりありすぎる。

ただ毎日生きていくだけで、周りの気分によって気持ちが揺すぶられ、

怒りと悲しみと不満と不安で胸が張り裂けそうになる。

 

一番苦しいのは、不安の感情だ。

もう、死んだっていいやと半ば思いながら酒を呷ることが毎日の夜の習慣になった(休日は朝から晩まで)。

 

ある時、下血した。

また、異様な吐き気が襲い、酒が飲めなくなった。

 

あれほど死んでも構わないと思っていたのに、

今度は自分の身体が心配になり酒を呷っていたことを後悔し始めた。

 

病院に行き、医師と相談して、メイラックスを処方してもらった。

夕方飲むと、翌日の夕方まで精神安定が持続するというものだった。

 

このメイラックスという薬は私にはあまり効いた感じがしない。

毎日1錠ずつ飲み続けたが、

翌日気持ちが楽になるとか、余計なことを考えなくなるとか、

全くなかった。

まるで変化を感じなかった。

ぼんやりする、やる気が起きないというのは薬を飲む前からだし。

 

安心感や多幸感のような感覚が得られるものだと期待していたが、それほど強い薬ではないようだ。

ネットで調べてみると、効かないという人の実際の声を見つけることはできなかった。

 

酒で得られるような、脳が麻痺するような解放感もまた正常ではない。

抑欝感の対局に振り切るほどの快楽、何がどうでもどうなっても構わない、気にしないと振り切った感覚でないと、物足りなさを感じるようになってしまったのだろうか。

 

不安障害との闘い①

私は極度の不安障害を持っている。

 

一度不安に取り憑かれると、

その不安感は何をしても解消されないばかりか増大し続け、

不安で頭がいっぱいになり心が押しつぶされて、何もできなくなってしまう。

 

物事を楽観的に捉えて気楽に過ごしているところにズドンと落とされるのが本当にダメで、

あらゆる悪い結果や考え得る最悪の状況まで想定して、全ての場合の対処法を用意できないと気持ちが治まらない。

ところがたいての不安に絶対的な対処方法が見つかることはなく、

不安に駆られて常軌を逸した行動をしてしまう。

 

一つの不安をとことん追求し、解決策を求めてネットを検索しまくる。

グーグル検索の最終ページまでくまなく探し、答えが得られないと少しワードを変えて検索し続ける。

 

または、電話の無料相談窓口に片っ端から電話をかける。

電話が繋がるまで家電と携帯の両方に、繋がるまで何時間でもかけ続ける。

繋がっても多くの場合話が噛み合わなかったり、私が安心する情報を得られなかったりするので、また別の窓口にかけ直す。

これを一日中、受付終了時間まで繰り返す。

 

少しでも話を聞いてくれそうな友人知人に相談することもある。

縋り付くように、不安な気持ちを延々と話し続ける。

何かしらアドバイスを得られても、さらにその根拠を求めて食い下がる。

 

不安な気持ちのままで時間を過ごすことが死ぬほど耐えられないのだ。

 

不安症を治したくて、心療内科にもカウンセリングにも行った。

薬で不安感を和らげることはできそうだが、問題そのものは何も変わらない。

カウンセリングでは、

不安感から私がしている行動は、「不安解消に向けて動いているということだから(ポジティブに受け止めていいのではないか)」というようなアドバイスをもらった。

なんだか納得したような気持ちにその時はなったが、本当には腑に落ちなかった。

 

不安感でいっぱいの時にできることは検索と相談だけ。

他のことには一切手がつかず、絶望感に包まれたまま一日が終わる。

身体を横たえてもおかしな夢や恐ろしい夢をよく見た。

あるいは、物事が解決の方向に向かう夢を見て、目が覚めたときに気分がさらに落ちた。

身体を動かしていないのに、まとわりつくような疲労感で体が重くだるく、

朝起きても解消されないのだった。

 

職場はどこまで発達障害持ちの労働者に配慮するべきか

発達障害に配慮するなら、職場(社会福祉系)は労働者側から「賃金と個人の存在意義を搾取される場所になる」という話。

 

昨今、多くの職場で発達障害に対する理解を求められているが、少なくとも社会福祉関係の職場はそれでは成立しないのではないかと、発達障害っぽい私自身が思う。

 

最近まで私がいた職場は社会福祉系。

社会福祉の仕事は、働く人のためのものではなく、利用者のためにある仕事。

法人としては利用者の最善の利益を一番に考え、職員は利用者一人一人に対し「全力を」尽くす。

 

利用者の家族構成や、抱えている問題もある程度把握していて、きめ細やかな配慮をする一方で、

職員の個人的な事情は原則的に自分で完結した上で仕事をしなくてはいけない。

 

働いている時は、職員の個々の事情や背景にも配慮するという概念がない職場に対し強い不満感を募らせた。

しかし、労働者にとって働きやすい環境」と「利用者の最善の利益」は両立が非常に難しいと今では思う。

 

「自分は発達障害があるので、騒がしい環境でバタバタ仕事をするのが苦手」

「自分な気分障害を持っているので、出勤できない日もある」

などという事情をを丸ごと職場が引き受ける余裕など全くない。

 

だから社会福祉関係の仕事をするには、心身ともに健康で、発達障害のないバランスの取れた内面を持っていることが条件になるのではないだろうか。

 

もちろん、職場として職員が心身ともに健康でいられるような環境づくりはしていく義務はあると思う。お互いへの思いやりや気遣いは大切にしていかなくてはならない。

しかし、そこにもたれかかってしまう人がいると、他の職員が本来の仕事に注力できなくなってしまう。

 

私は、最近得た仕事を自分の特性のために断念せざるを得なかったことが残念でならない。

配慮される側にいるのが嫌で、発達障害を治したい、ふつうになりたいと思う。

 

適応障害と発達障害の関連性①

適応障害を繰り返しているのは、発達障害があるために周りに馴染まないからだと、ようやく気づいた話。

 

直近の適応障害は、職場の仕組みと仕事の性質が自分に合わなさすぎて発症したと、今では思っている。

 

その場の状況に応じて臨機応変に動くことが大の苦手なので、対処法として、その日の仕事をあらかじめシミュレーションして、一日の流れを決めて準備しておく、という方法を試みた。

 

私の仕事は社会福祉系。クラスを担当する類の仕事。

利用者を安全で、成長を促し有意義な一日になるように、その日を運営するのが役目。

いつも出勤ギリギリまで考え準備した。

 

予定通りにクラス運営できた時は問題なく一日を終えることができるが、

準備したことが丸ごと無駄になる日の方が多い。

他のクラスの担当が急に休んだことにより合同クラスとなったり、

別の仕事を差し込んでこられたり、

予期せぬ事態が展開したりと、

その日の事情によって、経験がなく予想もしていなかったことをやらなければならなくなることが度々あった。

また、十分な準備をする時間と体力がどうしても足りないこともよくあった。

 

職場で要求されたのは、兎にも角にも状況をよく見て的確な動きをすること。

私は、状況は見ている。

状況を見て、ベストな対応を常に考えている。

しかし、私が考え抜いたベストは、他の人のベストとはずれているらしい。

私の優先順位は、他の人の優先順位とは異なるらしい。

こうした点から、私には発達障害があるのではと自覚するようになった。

 

チームで動く仕事なので、周りは非常にイラつくようで、

注意や叱責の中に私に対する否定の意味合いが含まれていて、グサグサと心に突き刺さる。

 

経験年数が浅いということを考慮してもらえるのは社会人になりたてのフレッシュな若者だけで、私のようなおばさんが仕事に慣れていないと、わかっていないことそのものがイライラさせるらしい。

 

思い返せば新卒で働いていた時も、私の発達障害傾向が悪く作用していたのだろう。

学生時代、幼少期と、適応できなかった理由が、私の中にあるのだろう。

もうアラフィフ。でもまだアラフィフ。

今からでも治せるものは治して、人から否定されず、居場所を得られる生き方ができるようになりたいと思う。

年末の家事をやる気になれない

年末だというのに、片付けと掃除が終わらない。

 

とうとう30日になってしまった。

窓拭きしていない。それどころか、片付けしていない。床掃除すら終わっていない。

 

寒いからなのか、病気だからなのか、やる気が起きない。

やらなくてはならないことばかりで、やりたいことに辿り着けない。

 

仕事をしていた昨年末は29日から休みで、大掃除に取り組んでいた。

3日で全てのことは終わらずに、正月開けてからも掃除し続けた。

まとまった休みでないと、とてもやる気にはなれないと思ったので。

 

今年の年末は仕事をしていないから、日々の疲労が溜まっているわけでもないはずなのに、

どうにもやる気になれない。

 

病気のせいなのか、怠け気分だからか自分ではわからない。