ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

職場はどこまで発達障害持ちの労働者に配慮するべきか

発達障害に配慮するなら、職場(社会福祉系)は労働者側から「賃金と個人の存在意義を搾取される場所になる」という話。

 

昨今、多くの職場で発達障害に対する理解を求められているが、少なくとも社会福祉関係の職場はそれでは成立しないのではないかと、発達障害っぽい私自身が思う。

 

最近まで私がいた職場は社会福祉系。

社会福祉の仕事は、働く人のためのものではなく、利用者のためにある仕事。

法人としては利用者の最善の利益を一番に考え、職員は利用者一人一人に対し「全力を」尽くす。

 

利用者の家族構成や、抱えている問題もある程度把握していて、きめ細やかな配慮をする一方で、

職員の個人的な事情は原則的に自分で完結した上で仕事をしなくてはいけない。

 

働いている時は、職員の個々の事情や背景にも配慮するという概念がない職場に対し強い不満感を募らせた。

しかし、労働者にとって働きやすい環境」と「利用者の最善の利益」は両立が非常に難しいと今では思う。

 

「自分は発達障害があるので、騒がしい環境でバタバタ仕事をするのが苦手」

「自分な気分障害を持っているので、出勤できない日もある」

などという事情をを丸ごと職場が引き受ける余裕など全くない。

 

だから社会福祉関係の仕事をするには、心身ともに健康で、発達障害のないバランスの取れた内面を持っていることが条件になるのではないだろうか。

 

もちろん、職場として職員が心身ともに健康でいられるような環境づくりはしていく義務はあると思う。お互いへの思いやりや気遣いは大切にしていかなくてはならない。

しかし、そこにもたれかかってしまう人がいると、他の職員が本来の仕事に注力できなくなってしまう。

 

私は、最近得た仕事を自分の特性のために断念せざるを得なかったことが残念でならない。

配慮される側にいるのが嫌で、発達障害を治したい、ふつうになりたいと思う。

 

適応障害と発達障害の関連性①

適応障害を繰り返しているのは、発達障害があるために周りに馴染まないからだと、ようやく気づいた話。

 

直近の適応障害は、職場の仕組みと仕事の性質が自分に合わなさすぎて発症したと、今では思っている。

 

その場の状況に応じて臨機応変に動くことが大の苦手なので、対処法として、その日の仕事をあらかじめシミュレーションして、一日の流れを決めて準備しておく、という方法を試みた。

 

私の仕事は社会福祉系。クラスを担当する類の仕事。

利用者を安全で、成長を促し有意義な一日になるように、その日を運営するのが役目。

いつも出勤ギリギリまで考え準備した。

 

予定通りにクラス運営できた時は問題なく一日を終えることができるが、

準備したことが丸ごと無駄になる日の方が多い。

他のクラスの担当が急に休んだことにより合同クラスとなったり、

別の仕事を差し込んでこられたり、

予期せぬ事態が展開したりと、

その日の事情によって、経験がなく予想もしていなかったことをやらなければならなくなることが度々あった。

また、十分な準備をする時間と体力がどうしても足りないこともよくあった。

 

職場で要求されたのは、兎にも角にも状況をよく見て的確な動きをすること。

私は、状況は見ている。

状況を見て、ベストな対応を常に考えている。

しかし、私が考え抜いたベストは、他の人のベストとはずれているらしい。

私の優先順位は、他の人の優先順位とは異なるらしい。

こうした点から、私には発達障害があるのではと自覚するようになった。

 

チームで動く仕事なので、周りは非常にイラつくようで、

注意や叱責の中に私に対する否定の意味合いが含まれていて、グサグサと心に突き刺さる。

 

経験年数が浅いということを考慮してもらえるのは社会人になりたてのフレッシュな若者だけで、私のようなおばさんが仕事に慣れていないと、わかっていないことそのものがイライラさせるらしい。

 

思い返せば新卒で働いていた時も、私の発達障害傾向が悪く作用していたのだろう。

学生時代、幼少期と、適応できなかった理由が、私の中にあるのだろう。

もうアラフィフ。でもまだアラフィフ。

今からでも治せるものは治して、人から否定されず、居場所を得られる生き方ができるようになりたいと思う。

年末の家事をやる気になれない

年末だというのに、片付けと掃除が終わらない。

 

とうとう30日になってしまった。

窓拭きしていない。それどころか、片付けしていない。床掃除すら終わっていない。

 

寒いからなのか、病気だからなのか、やる気が起きない。

やらなくてはならないことばかりで、やりたいことに辿り着けない。

 

仕事をしていた昨年末は29日から休みで、大掃除に取り組んでいた。

3日で全てのことは終わらずに、正月開けてからも掃除し続けた。

まとまった休みでないと、とてもやる気にはなれないと思ったので。

 

今年の年末は仕事をしていないから、日々の疲労が溜まっているわけでもないはずなのに、

どうにもやる気になれない。

 

病気のせいなのか、怠け気分だからか自分ではわからない。

苦手は克服するべきか

自分の適正に合った仕事に就けるなら苦労はしない、という話。

 

私は自分の適性に合った仕事というものに就いたためしがない。

 

自分の性格や特性については、ある程度理解している。

予想外のことが大嫌いなレベルで苦手なので、

あらかじめできる限り準備して、さまざまな場合を想定してから仕事をしたいタイプ。

 

なので前職(社会福祉系)に就いた頃、

はじめてやる数々の業務を覚えながら、ネットや本からも勉強して日々コツコツ積み上げていっているつもりだった。

 

だが本当に不思議なくらいに、想定から外れたことばかりに直面した。

 

すると、目の前の出来事に関する情報を頭の中で溢れて処理できなくなり、混乱して動けなくなってしまう。

学生の頃、球技スポーツが絶望的に苦手だった。

身体能力的にもだが、競技の最中、自分がどこにいてどう動くべきか、全然わからないのだ。自分のポジションを頭で理解したつもりで、守備を固めるために場所を守っていれば動けと言われ、味方のサポートをするために動けば守りが空いていると言われる。

前職の仕事は、一日中ずっと苦手な球技スポーツをしているような感覚だった

 

また私は、自分のペースで1人で集中して勉強するのが好きなので、講義やマンツーマンの指導が頭に入りにくい

学生の頃は後でノートや教科書を見て復習すれば、理解して身につけてゆくことができたが、

仕事の現場ではそのような時間の余裕がない。

その場ですぐに理解して覚えなくてはならない。

いつも真剣に向き合うのだが、どんなに集中しても理解が追いつかず、頭に入らない。

 

先日心療内科の先生に相談したところ、適正というものは変えられないらしい。

コツコツ積み上げて、着実で精度の高い仕事が向いているタイプ、とかなり気を遣って言って頂いたけれど、その手の仕事には簡単に就けるものでもないと思う。

 

自分の適正に合った仕事に就けるように、努力もした。

コツコツ努力して極めていくことが向いていると考え、とある国家資格を取得するべく連日猛勉強した。隙間時間を見つけて、家事をしながら、歩きながら。

それでも、努力だけでは到達できない難易度だった。

合格する人は合格するのだが。

 

私は親から「人間にできることが、お前にできないわけがない」と言われ続けてきた。

できないのは努力が足りないから。

努力が及ばないということは、ダメ人間だという考えが、私の骨の髄まで浸透している。

だからとことん努力した。

けれども時間がもっと必要などという物理的な問題以上に、

ここから先は理解ができない、能力的にどうしてももう無理だという限界を知ってしまった。

 

社会に適応できない人、発達障害の人の、皆が皆天才的な能力を持っているわけではない。

努力をしても、実らない人もいて、それが自分なのだと思い知った。

 

求人の多い、いわゆる「誰にでもなれる職業」というのは、ふつうのことを当たり前にできる人にしかこなせない。

社会福祉系の資格を、私は独学のみで取得することはできたが、ふつうの動きができないために適応できなかった。

 

自分に合う仕事に就くための努力もしたし、求人の多い仕事をふつうにこなせるようにも努力した。しかしどちらも苦手部分を克服できなかった。

 

苦手と向き合ってばかりいて、自己肯定感は下がるばかり。しかし世の中自分に合った場所を提供してくれるような甘いものでもない。

 

これからまだまだ死なないだろうから、病気も治ったら仕事を探さなくてはならない。

生来の能力に恵まれず、努力も実らずで、人生詰んでしまった感が拭い去れない。

変形労働時間制ってどうよ (労働者の立場から)

変形労働時間制は、労働者にとってはろくなもんじゃない、という話。

 

前の職場は、1年単位の変形労働時間制を採用していた。

年間の総労働時間上限目一杯の2085時間を、その年度の勤務日に割り振ってシフトが組まれた。

 

変形労働時間制について簡単に説明するならば、

閑散期の労働時間を短くする代わりに、繁忙期には労働時間を長く設定することができる、ということであるが、

実際はそんなに甘いものではない。

 

1年単位の変形労働時間制では、年間の総労働時間の上限が2085時間と法律で決まっており、

この制度を採用する会社の多くがMAX2085時間を所定労働時間にしているかと思う。

 

この2085時間を消化するためには、

「大型連休や年末年始で休んだ分を、他の平日で挽回する」という働き方になる、といった方がわかりやすいだろう。

 

閑散期でも6時間や7時間の労働にはならず、普通に8時間労働繁忙期は残業代のつかない長時間労働

 

祝祭日のない週に休日1日だけとなることが度々ある。

 

そのくらい働かないと現実問題として2085時間を消化できない。

 

しかも働く時間は年間2085時間目一杯に設定されている一方で、有給休暇は法律で定められた最低日数、という場合がえてして多いように思う。

 

働いても働いても所定労働時間はなかなか消化できず、肉体だけでなく精神的にもげっそりと疲労する。

 

さらに年間2085時間で全ての業務ができるわけではないので、本当の残業も発生する。

残業代が支払われれば法律には違反していないらしい。

 

労務管理系のホームページでは数字だけで説明されていて、これだと実感が伝わりにくい。

実際に働いてみたところの感想としては、休日をまるまる寝て休むことに当てなければ働くことができないくらいきつかった。

 

職種によらず、年間2085時間以上労働するのはかなりハード。

職種によっては、死なない程度、病むギリギリラインと言えるのではないか。

適応障害療養記録12 (療養3ヶ月頃)

療養生活3ヶ月を過ぎた頃の生活のリズムについて。

 

夜は眠り、日中は起きている生活が基本的にはできているが、外出する用事があるとものすごく疲れてしまう。

 

ただ、健康のためと痩せるために、朝と午後にストレッチと有酸素運動youtubeを見ながら30分ずつやるのを習慣化できるまでには回復した。

 

体重はほとんど変化がないものの、徐々に身体の柔軟さを取り戻すことで体調は改善してきた。

朝起きると身体が軽く疲労感がないという調子の良さを感じることができた。

 

 

朝、6時から7時くらいに起床。

朝食をとりながら夫の弁当作り。また、夫と子どもにトーストを用意する。

洗い物を終えたらゴミ出しをして、ストレッチと体操30分。

その後洗濯と水回りの掃除をする。

トイレは週に3回くらい掃除するようになった。

 

昼はパスタやラーメンなど、その時に食べたいものを食べる。

食べると身体がだるくなり、少し昼寝をする。

その後、犬の散歩と買い物。

 

テレビはほとんど見ず、youtubeをダラダラと見て、夕方になる。

夕食の支度の前にストレッチと体操30分。

 

薬を飲んでいるので飲酒をしてはいけないのだが、2日に1度は呑んでしまう。

呑んだ日は薬を飲めない。

 

 

毎日のルーティンとしてできていることは1日2回の運動のみで、

掃除や片付けはまるでやる気になれない。

 

食事の支度は、夕飯だけはなんとか頑張って用意している。

料理をすれば洗い物は出てくる。食器を洗うことが億劫に感じる。

やってもやっても洗い物は無くならない。

 

毎日、たったこれだけのことで精一杯で夜は疲れ切っている。

 

仕事をしていた頃は、毎朝5時起床、洗濯と水回りの掃除をしてから7時過ぎに出勤。

帰宅は19時から22時までと幅はあったが、遅くならない時は夕食を用意していた。

仕事中は休み時間でありながら休み時間ではなく、

週休が1日になることもあり、しかも仕事の準備もしていた。

こんな生活を2年間もしていたなんて、自分でも信じられない。

 

今は気力にムラがあって、簡単な片付けすら取り掛かるまで時間がかかるし、なかなか終わらない。

何かやったら少し休まないと次に行けない。

 

病気のためにエネルギーがないのか、単なる怠け者なのかよくわからないでいる。

 

 

 

傷病手当③ (退職後の申請)

退職後の傷病手当金申請で、危うく詰みそうになった話

 

傷病手当の申請を、退職日までと、その翌日からとに分けて申請することにした。

 

退職日の翌日分からは、総務を介さず自分で申請する。

申請用紙はネットからダウンロードして入手した。

4枚セットのうち3枚目は会社記入用なので、退職後は不要となる。

 

1枚目を書いているとき、あれ?と思った。

健康保険証の記号番号。

無職の今は国民健康保険に変更している。

国保の番号だと、マス目が明らかに足りない。

 

協会けんぽに問い合わせたところ、

この健康保険情報は退職前のもの、在職中に持っていた保険証の番号を記入するとのことだった。

 

え(汗)、退職するや否や、保険証を早く返せ返せと何度も通知がきたから、

国民健康保険証の手続きが完了したらすぐに返却し、

今は手元にない。

手元にない保険証の番号を書け、と。

 

返却する直前、夫が「一応コピーとっといたほうがいいよ」というので念のためにとった、

そのときのコピーがあるはず。

 

つい最近の話なのに無意識のうちに仕舞い込んだ書類を探すのは一苦労だった。

しかしようやく探し出し、記号何号を記入することができた。

 

保険証を返却する際、この番号が後日必要になることがあるなんて、

会社も協会けんぽも教えてくれなかった。

 

ネットの記入例を見ると、働いていたときの保険証番号を書くことは説明されていたが、

退職後もずっと同じ番号を記入する、とはっきり書いていないので、

わかりにくいし、不親切に思った。

 

提出書類は全てコピーをとっておこうと強く思った。