ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

適応障害療養記録①(診断を職場に伝えるまで)

適応障害の診断書をもらったのは土曜日だった。

3ヶ月の療養を要するとのことだが。

 

仕事には休まず行っていたので、そんなにすぐに休むかどうかも決めかねた。

引き継ぎのこともあるし、いつから休職するのかを施設長に相談しなくては、私しか把握していない書類や業務がたくさんあるし、途中になっている作業もたくさんある。

本来の業務を抜けて、後片付けと引き継ぎをする時間が、果たしてとれるだろうか。

毎月あった収入が途絶えるのも困る。ものすごく、困る。

 

ああだこうだと悩みながら土日は終わり、月曜の朝になった。

朝5時。それよりも前から目は覚めていたが、身体が動かなかった。

週末寝て過ごすことは当たり前になっていたが、勤務日なのに起き上がれないのは初めてだった。

 

今までのように、無理でもなんでも頑張って起き上がってはみたものの、悲しいような、悔しいような、何も考えたくないような、逃げたいような、重い気分が取り巻いて、涙が溢れてしまった。

 

だめだ。今日は、感情を切り離して仕事ができない。こんな気持ちで仕事をしてはいけない。他の職員にも、利用者にも迷惑をかける。

休むことにしよう。

 

出勤時間の前に、職場に連絡を入れた。理由は後で伝えることにし、みんなが不安に思っているコロナが理由ではないことだけ言っておいた。

 

3時間ほどして、施設長から電話が来た。

私は適応障害の診断を受け、今現在仕事をできる状態ではないので、診断書に書いてある3週間、休ませて欲しいと伝えた。

 

診断書が出たときすぐに連絡と相談をしなかったこと(休日夜間でも連絡を取れる緊急用電話番号がある)をとても怒られた。当日のシフト調整は他の職員に大きな負担をかけることや、全体の業務への影響を最小限に止めるための体制を事前にとりたかったと。

 

そうか、自分の収入をどうしようとか、いつからどのように休むかしか考えていなかった。そこが間違えていたのか。。

自分勝手な言動をしていることに前もって気づくことができず、凹んだ。

 

ともかくこの電話で長期休むことは決定し、翌日診断書を提出しに職場に出向くこととなった。