ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

「母と娘」問題① (私と母編 その1)

20代半ばで結婚して家を出るまで、私は母にとって「一番の理解者」だった。いつからだろう。

 

 

母と私の趣味嗜好について。

 

母はクラシック音楽とか、唱歌が好きだった。

だからクラシック音楽のレコードをよくかけていたし、自身が高校生の時所属していた合唱部で歌った歌をよく歌っていた。

一方で、流行りの歌謡曲が嫌いで、馬鹿にしていた。アイドルのことを「ジャリタレ」と呼び、そういう歌を歌うのは頭の悪い人だと決めつけていた。

 

そして、私の価値観もそれと同じということになっていた。私も母と同じ価値観を持っているという前提で、当時の歌を小馬鹿にしたり揶揄したりした。

母の機嫌を取るために、私も少しだけ同調すると、母は我が意を得たりといった表情で、自前の批評に拍車がかかる。

 

本当は、私も流行りの歌が大好きだった。レコードを聴いたり、自由に歌ったりしたかった。

けれど私のそうした側面が垣間見えると母はいつも、

「ううん、ちがう」

と言って、私がそのような価値観に至った経緯の推測から、それがまともな考えでない誤りであるという独自の根拠に至るまで語り始め、私が「そうだね」と言うまでそれをやめない。

 

なんの気なしに、私が母の好きな歌を気まぐれで独り言のつもりで歌い出すこともあった。すると母はそれにハモるように加わり、気持ちよさそうに歌い切る。それが反吐が出るほど嫌だった。

 

母と離れて暮らして30年近く経った今も、ふとした隙に唱歌が頭をよぎる。母が心地よく歌う顔も思い出される。顔を掻きむしるくらい、不覚の事態だ。

唱歌なんか、大っ嫌い。なのに、予期せぬタイミングで脳裏をよぎってしまう。

 

私が成長し、少し反抗的な態度をとることもあった。

普段は友達から借りたレコードやCDを家族が出払っている時にこっそり聴いていた。だが、好きな歌をいつまでもこそこそ聴いていることが嫌になり、ある時母が家にいるときに、内心ではかなりビビりつつ、かけてみた。

 

すると母は、私が好きなそのアーティストの歌い方を下品にデフォルメして後から歌ってみせた後、その歌のどういう箇所がどんな感じで変か、おかしいか、みっともないか、頭悪いか、日本語的にどうとか、気の済むまで私に言って聞かせるのだった。

 

以後、私はその大好きだったアーティストの歌を、母の下品なデフォルメを思い出さずに聴くことができなくなった。その歌の、私が大好きだった特徴を、嫌な言い方で揶揄されたことを抜きに堪能することができなくなった。

そしてもう、そのアーティストの歌を聴くことはなくなった。

 

母以外の誰とも、好きなアーティストの話題を共有することができなくなった。

今は母とは生活が別で、夫であろうと自分の子であろうと、誰かが家にいるときは私は自分の好きな歌を聴くことができない。