ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

メンヘラの電話相談ジプシー

不安感、焦燥感、絶望感、悲しみ。

これらの感情が湧いてくると、どうにも制御ができなくて、気分は底なし沼に引き摺り込まれてしまう。

 

心が苦しみで溺れそうになり、藁をもすがる思いで助けを求める。

いのちの電話」、「心の耳」、「よりそいホットライン」、住んでいる自治体の電話相談に片っ端から電話をしまくり、繋がるまで一日中電話をかけ続ける。

ところが繋がって話を聞いてもらっても、「なんか、違う」ということの方が多くて、もっと納得のできる回答を求め、他へ他へとかけてしまう。

 

本当に話したいことにたどり着く前に、違うところで話が掘り下がってしまったり、私の憶測だが相談員の中には機会があれば言いたい持論を持っている人がいて、そこに寄せて話を持っていかれる感じがすることもあった。

ある程度時間制限があるのは仕方ないとしても、話の途中で被せるようにまとめに入られることもある。

どうにか話したいことを言い終わっても、そこで、「そろそろ時間ですので」と何も回答を得られないまま電話が終了することもある。

たまに、波長が合うというか、私の傾向をうまく掴んでくれる人に当たると、スッキリした気持ちになれることもある。こればかりは運だと思う。

 

私の電話相談デビューは中学生のときだった。家族が誰もいないとき、市の広報に載っていた電話番号にかけてみたのが始まり。

当時いじめを受けて悩んでいた。親に相談するのは嫌だった。電話を受けてくださった人はよく話を聞いてくれて、その時は気持ちを受け止めてもらえただけでとても救われた。

 

その後何年、何十年経っても、苦しい時には電話相談が命綱のようになっていた。

 

人生を重ねるほどに、悩みは多岐に渡り、過去の事柄やその時々の事情と複雑に絡み合い、短い時間では到底話しきれないものになる。

電話相談の担当の人たちは、時間の中精一杯付き合ってくれるが、限界がある。

なのに、苦しみの地獄にいるときの私は「どうしてよ」「ちゃんと助けてよ」と、理不尽な怒りをぶつけてしまう。

 

まるで、救ってくれそうな人を見つけて取り憑く憑依霊のように。

 

このような「電話相談ジプシー」になっているのは絶対普通ではない。

多分普通の人は、悩んでいることがあったり辛いときに、もっと別の乗り越え方をするのだろう。

 

私は普通になりたい。

心療内科にかかり、薬は処方された。

カウンセリングに通い、物事の捉え方の癖を調整できるようになってきた。

 

だけど。

心の根っこの部分にどうにもならない病変があって、死ぬまで治らないと自分では思っている。