ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

適応障害になった理由を振り返る(休職1ヶ月を過ぎて)

心療内科の医師でも、私が適応障害になった理由を特定することは難しいと言う。

 

不調を限界まで我慢していたときは、

「疲れた!しんどい!」

「休みたい!」

「嫌味言うな!怒るな!しつこい!」

などと、毎日怒りと悔しさと悲しさに満ちた心境で、休みの日は布団から出られず誰に言うでもなく泣き叫んでいた。あるいは小さく丸くなって、しくしくと一日中泣いていた。

 

休職を決めて身体が休まり、動くことができるようになって、適応障害になった原因を振り返って考えてみた。

 

結論から言うと、

仕事を、私のキャパを超えた分量と時間、限界まで続けてしまったことがよくなかったのだろうと思う。

 

私の仕事は社会福祉系。

社会福祉系の仕事は常に利用者に安全・安心・衛生的環境を保証しなくてはならない。

勤務時間中は常に気を張り、心を配り、休みなく立ち働く。

そしていつどこでどんなハプニングが起こるかわからない。

どんなに気をつけていても、何も起こらないようにすることはかなり難しい。

だが絶対に事故が起きることがあってはならないし、許されない

 

また私は予期せぬ事態が大の苦手。

急いで道を曲がった途端に落とし穴にはまるかのように、突然の大変な事態が立て続くと、精神的に持たなくなる。

 

毎日が私の苦手なドッジボールを延々としているようなものだった。

 

 

もちろん大変だ無理だと不満ばかりを感じていたわけではなく、仕事に誇りとやりがいも持っていた。

この仕事を天職とし、ずっと続けていきたかった。

 

だが、あまりに忙しすぎる。

インターバルのない生活はきつい。

 

毎日出勤前、帰宅後、食事と洗濯くらいの最低限の家事をする。

掃除はできない。休日に、やる余力が全く残っていない。

片付けられず散らかり放題、椅子にもテーブルにも物が溢れ、いたるところに埃が溜まっている。

 

「人間の住むところじゃない」

 

と、げんなりした気分になってくる。

いや、もはや「住む」じゃなくて、「棲む」って感じ。。

 

休日にショッピングや映画など、気晴らしに出かける元気なども残っていない。

毎日好きなこと、自分のためのことをする時間が少しもない。

 

給料の安さにも多少の不満はあるが、そんなことより十分な休息が欲しい。

年間の法定労働時間目一杯働くのは、私のキャパを超えて多いのだと分かった。

 

この国の法定労働時間を、もう少し減らして欲しい!

 

人は、自分の生活を豊かに楽しくできてこそ、他の人のために尽くせるというもの。

私は自分の時間を、仕事をすることだけに吸い取られてしまっている気持ちになり、

回復することもできないまま毎日を繰り返していた。

 

仕事をしていても、次第に頭は回らなくなり、気が回らなくなり、だんだん「使えない人」になってしまった。

 

このような状態になってしまい、この仕事を選んだことが間違いで、役立たずな私は「人材」ではなく「人罪」だ。要らない人間だ。迷惑な人間だ。

周りからの叱責が、私にはそう言いたいかのように感じるようになってしまった。

 

できている人がいるのに、自分には無理なのだと認めることも辛かった。

工夫すればできるはず。あと少し頑張ればできるはず。

 

それで無理をして、壊れてしまったのだ。

誰のせいでもなく、自分に問題があったのだというところに行きついてしまう。

 

利用者の方の中には、喜んでくれたり感謝の気持ちを伝えてくれた人もいたのに、自分がそれに応えきれないことも残念に思う。