ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

鬱病や適応障害に対して理解がない人の心の中

最近、またひとつの気づきがあった。

 

私はこれまでずっと、鬱病適応障害甘えだと、本気で思っていた。

 

しんどい状態の自分に対しても思っていたし、

具合が悪くて予定をドタキャンしたり、仕事を突然休んだりする人を、

「気が乗らないことから簡単に逃げている」としか思っていなかった。

 

自分が初めて医者から病気だと断言されて、療養しながら過ごすうちに、

「そうか。だからわからなかったのか」

という気づきがあり、すとんと落ちた感覚があった。

 

私は、心が健康な状態を知らないから。

 

記憶に残っている頃から私は慢性的に悩み、不安に満ちていて、

お腹の中が不満でいっぱいで、怒っていた。

それがMAXなときの私の言動は、ふつうではなかった。

 

暴力的だったし、意地悪だった。

あるいは不安を完全に払拭できるまで何度も何度も異常なまでに確認したり、

頭の中を悩みでいっぱいにしていた。

 

間違ったことをしたときには、叱られた。

毎日お腹の中はどす黒かったので、

しょっちゅう、よくないことを言ったりやったり、それが息をするようにポロポロ出てきた。

 

その度に怒られた。当然のことだった。

親が私を怒るときは、必ず拳で頭や身体を叩き、力一杯蹴り上げた。

ガラス戸や壁に打ちつけたり、ベランダや玄関の外に放り出した。

 

悪いことをするのは、根性が悪いから。ねじ曲がっているから。

だから私は罰を受けなくてはならない。

自分の根性の悪さをしっかり思い知らなければならないし、叩き直さなくてはならない。

 

小さい頃に浮かんだその考えとともに私は成長していった。

 

思春期になると、気持ちが落ちて鬱状態になることも増えていった。

それも、根性、気持ちの問題だった。

 

どうにか気持ちを立て直したり、叫び出したいのを抑え込んだりして、

勉強、家族の食事の支度や掃除など、

その時々にやるべきことは、絶対やらなくてはならなかったので、

辛いときでも、無理でもなんでも頑張ってきた。

 

頑張れていると思っていた。

 

だから、鬱病適応障害になった人が、

何もできないでいること、何もしない状態のことが全然理解できなかった。

 

しかし私は、病んでいる自分を封じ込み我慢している状態を、当たり前だと思い込んでいたのだ。

自分が本当は無理な我慢をずっとしてきたから、我慢から解放されている人を許せなかったのだ。

 

20年くらいカウンセリングを受けるなどして、だいぶ歪みは取れてきたと感じるが、

どうしても確信を持って分かったと思えないのが、「心が健康な状態」

 

抑鬱状態が消えて、気分のいいときもある。

ただやはり、どうもどこかおかしいと自分で思う。

タガが外れたような感じだったり、いい気になっている状態だったり。

これもやはり病んでいる。

 

「鬱は経験してみないとわからない」と言われるが、

私の場合はもとからかなり病んでいたのを、それが当たり前としながら生きてきたから理解できなかったのだ。

 

実は、私のような人も結構いると思う。

「なぜみんなができているのに我慢できないんだ」と言っている人は、

自分がその我慢をし続けて病んでいるという場合もあるだろう。

 

私の母親のように。