ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

専業主婦のジレンマ (中編①ボランティアという名のタダ働き要員ー幼稚園・学校)

幼稚園、学校で役員をしていたときのいろんな話。

 

子どもがお世話になっている幼稚園や学校への感謝の気持ちから、

また自己を肯定するため(?)引き受けた役員時代のあんなことやこんなこと、言いたいこと

 

 

<目次>

 

幼稚園時代のクラス役員

当時、子どもの幼稚園は1クラスにつき6人の親が役員として選出された。

いつかはやるべきものだと思っていたから、私は自ら立候補した。

他のメンバーも立候補して割とすぐに決まった。

 

幼稚園の行事を手伝うことは楽しかったし、

子どもの様子を近くで見ることができるのは嬉しかった。

子どもも私が行くと喜んでくれた。

子どもの幼稚園時代の思い出を、私にとっても素晴らしいものにしてくれた。

 

だがしかし、6人もいると楽しいばかりというわけにもいかない。

役員の仕事に対する温度差が結構あって、

仕事をどんどん膨らませてしまう人と、それに耐えられない人が仲違いしたことがある。

たまたま同じクラスの役員というだけで、子ども同士が仲いいとも限らない。

 

幼稚園の先生が母親たちの仲を取り持ってくれるはずもなく、

板挟みにもなり苦労した。

 

また、役員から外れた一般ママたちが行事の準備を何もしなくてよかった一方で、

私たち役員が行事のたびに、長時間、準備と当日と後片付けとに駆り出されるのは、

なかなか重労働でもあった。

 

 

中学校のクラス役員と執行部役員

子どもが中学生になったとき、またクラス役員になった。

立候補でもいいのだが、なかなかなり手もなくなんと「推薦」で選出された。

私は働いていなかったから断る理由がないし、やってもいいと思っていたので引き受けた。

クラス役員は4人いて、年間行事に沿って仕事が割り振られており、

4人で話し合って出られるものに出ればよかった。

やや大変だったのはバザーくらいで、あとはゆるく楽しく活動できた。

 

問題は執行部役員のとき。

執行部役員は年度の終わりに、現執行部役員が1人ずつその年のクラス役員全員に電話をしてお願いするシステム。

執行部役員になりたい人など誰もいなかったので、毎年難航した。

 

私のところにももれなく電話があり、

やはり働いていないことで断りきれずに引き受けた。

任期は2年。

 

大変だと聞いていたけれど、想像を絶する大変さだった。

週に2日か3日、朝9時集合、一応5時には終わる予定だったが行事の時にはもっと遅くなることもあった。

昼休みはお弁当を食べている時間だけ。食べたらすぐ仕事。

それほど仕事が盛り沢山。

バザーや学校清掃、ベルマーク、学校だより、母親向けのレクリエーションの企画など。

印刷物を印刷し、クラス毎に枚数を数えて届ける。

クラス役員のお母さんたちに仕事を振るための準備。

 

子どもが中学生の頃は働いていないお母さんが少なくなっていたため、

普段は働いていて、役員の日は有給とって活動している人もいた。

 

はたから見ていても大変さが伝わってくるので、誰もがやりたがらない学校役員執行部。

しかも2年間もだなんて。

 

一番大変な仕事は、次期執行部役員を選出するために電話をかけること。

通信費は自腹。

 

働いている人はそれを理由に断ってきたけれど、

働いていない人もなんだかんだで断る人ばかり。

 

私は働いている人もそうでない人も、

時間はみんな同じでどちらの時間の方が価値があるなんてのはないと思っている。

 

幼稚園も学校も、役員は楽なものではない。

奉仕の気持ちがないとできないものだが、タダだからってとことん使われてる気持ちになったことも事実。

 

ボランティアでも、少しくらい報酬を出したら不公平感もないのにと思う。