私に友達が少ないのは、「賢者は友達を選ぶから」だと思った話。
私は友達が常に少ない。
その理由に最近気がついた。
私が友達になりたいと思う人たちは私にそれほど関心がなかったり、
「君子危うきに近づかず」という諺があるように、
私のように「深入りしたらヤバい」人とは距離をとっていくからなのだと。
不安なことがあると相談を持ちかけ、
問題が解決するか、問題が起きたことを納得し受け入れることができるまで、
延々と解放せず話を聞かせられたら、
ふつうは引くだろう。
また、過去の不快だったり辛い体験を消化できずに、
似たようなことが起きたときに昔の恨みつらみを織り交ぜて話して聞かせるのも、
かなりしんどいことだと思う。
一緒にいて楽しい、ほっとする、そんな人とは対局にいる私。
私が友達になりたいと思った人たちは、
決して私に背を向けたり気分を害することを言ったりせずに、
少しずつ少しずつ後退りつるように距離を離していった。
とはいえ、全く友達がいないということもなかった。
ただ、悪い人たちではないのだろうが、
私から離れていかない人たちは、だんだん私への態度が雑になってきたりした。
みんなで行きたい映画の話をしていたのに、
数日後、メンバーの1人から映画観に行って楽しかった話をされる。
聞けば、私以外の他の人たちみんなで行ってきたのだとか。
私だけ誘われないことは寂しいが、
平気でそのことを言ってくる神経にも腹が立った。
あるいは、子どものことで私が心配していることを相談したその直後に合流した人に、
「うちは先生から嫌われないでよかった」
と、私が心配している内容について自分とこはそうではなくてよかったと言ってしまう無神経さ。
その他色々マウントとってきて相対的に優越感を得たいがために私と会いたがる人など、
私の心の安定を奪ってゆく人たち。
みんながみんな、誰にでもそうというわけではなく、
よく観察していると、私に対してはそういう態度にだんだんなっていく。
そういうことに疲れてしまい、
連絡がきてもはぐらかし続け、
こちらからは連絡を断ち、
働きに出て忙しくしているうちに、
本当に友達が少なくなってしまった。
現在は適応障害の療養中で人と会うエネルギーがないので、
友達がいなくて寂しいことはないが、
ふと、自分に友達が少ない理由に気がついて暗い気持ちになった。
原因が分かったのなら、努力して悪いところを直せばいいのだろうが、
性格そのものというよりは心の病んでいる部分が悪さをしているので、
心が治らない限りは良くなりようもないと思う。
「ふつう」の人は、人から粗末な扱われ方もしないのだろうなと思う。
心の病みに年季が入っているので、治療してもなかなか根治に辿り着かず、
アラフィフになってもまだ治らない。
こんな自分で自己肯定感を持つのはとても難易度が高いことだ。