ふつうをめざして生きていく

適応障害の専業主婦日記

苦手は克服するべきか

自分の適正に合った仕事に就けるなら苦労はしない、という話。

 

私は自分の適性に合った仕事というものに就いたためしがない。

 

自分の性格や特性については、ある程度理解している。

予想外のことが大嫌いなレベルで苦手なので、

あらかじめできる限り準備して、さまざまな場合を想定してから仕事をしたいタイプ。

 

なので前職(社会福祉系)に就いた頃、

はじめてやる数々の業務を覚えながら、ネットや本からも勉強して日々コツコツ積み上げていっているつもりだった。

 

だが本当に不思議なくらいに、想定から外れたことばかりに直面した。

 

すると、目の前の出来事に関する情報を頭の中で溢れて処理できなくなり、混乱して動けなくなってしまう。

学生の頃、球技スポーツが絶望的に苦手だった。

身体能力的にもだが、競技の最中、自分がどこにいてどう動くべきか、全然わからないのだ。自分のポジションを頭で理解したつもりで、守備を固めるために場所を守っていれば動けと言われ、味方のサポートをするために動けば守りが空いていると言われる。

前職の仕事は、一日中ずっと苦手な球技スポーツをしているような感覚だった

 

また私は、自分のペースで1人で集中して勉強するのが好きなので、講義やマンツーマンの指導が頭に入りにくい

学生の頃は後でノートや教科書を見て復習すれば、理解して身につけてゆくことができたが、

仕事の現場ではそのような時間の余裕がない。

その場ですぐに理解して覚えなくてはならない。

いつも真剣に向き合うのだが、どんなに集中しても理解が追いつかず、頭に入らない。

 

先日心療内科の先生に相談したところ、適正というものは変えられないらしい。

コツコツ積み上げて、着実で精度の高い仕事が向いているタイプ、とかなり気を遣って言って頂いたけれど、その手の仕事には簡単に就けるものでもないと思う。

 

自分の適正に合った仕事に就けるように、努力もした。

コツコツ努力して極めていくことが向いていると考え、とある国家資格を取得するべく連日猛勉強した。隙間時間を見つけて、家事をしながら、歩きながら。

それでも、努力だけでは到達できない難易度だった。

合格する人は合格するのだが。

 

私は親から「人間にできることが、お前にできないわけがない」と言われ続けてきた。

できないのは努力が足りないから。

努力が及ばないということは、ダメ人間だという考えが、私の骨の髄まで浸透している。

だからとことん努力した。

けれども時間がもっと必要などという物理的な問題以上に、

ここから先は理解ができない、能力的にどうしてももう無理だという限界を知ってしまった。

 

社会に適応できない人、発達障害の人の、皆が皆天才的な能力を持っているわけではない。

努力をしても、実らない人もいて、それが自分なのだと思い知った。

 

求人の多い、いわゆる「誰にでもなれる職業」というのは、ふつうのことを当たり前にできる人にしかこなせない。

社会福祉系の資格を、私は独学のみで取得することはできたが、ふつうの動きができないために適応できなかった。

 

自分に合う仕事に就くための努力もしたし、求人の多い仕事をふつうにこなせるようにも努力した。しかしどちらも苦手部分を克服できなかった。

 

苦手と向き合ってばかりいて、自己肯定感は下がるばかり。しかし世の中自分に合った場所を提供してくれるような甘いものでもない。

 

これからまだまだ死なないだろうから、病気も治ったら仕事を探さなくてはならない。

生来の能力に恵まれず、努力も実らずで、人生詰んでしまった感が拭い去れない。